「ルポ 医療事故」
出河雅彦 朝日新書 平成22年2月15日
今、友人が脳梗塞で危篤な状態になっている。医者は三ヶ月だと言ったそうだ。彼は20年以上も前に、脳梗塞を患ったが、その後持ち直し、ずっとテニスを続けていた。それが、2年ほど前に、癌の手術をして、その後抗がん剤の投与を受けていた。そうしたら、かなり急激に脳梗塞が悪化して、ほぼ1年で、この有様。抗がん剤と血栓の関係はどうなっているのだろうか。
この本は、最近起こった医療事故のレポートである。心肺装置の不具合や、薬品の取り違え、抗がん剤の使用を誤ったケース、未経験の手術にチャレンジした話、さらには胎盤を無理やり剥がそうとして産婦を出血死させた例など。多くの場合、警察が業務上過失致死事件として関与している。
医者とて人間のすることだから、うっかりミスは起こって当然だろう。ただ医者のうっかりは、直接人の命に関わるから重大なことになる。それをシステムとして防護しようとすれば、コストがかかる。今まで一人の医者がしていたようなことを、二人でするとか、或いは薬剤師や、看護師がチェックするという様な体制である。しかし、タダでさえ、勤務医の不足にあえいでいるような病院が、そんなことを出来るはずはないだろう。
多くの場合、医者や病院はミスを隠そうとする。どうしようもない事例でしたということにしてしまう。ひどい場合はカルテの改ざんもする。改ざんや、届出違反はそれ自体違法だから警察沙汰になっても仕方が無いが、ミスを隠そうとするのは人情的に同情の余地があるのではないか。刑法の証拠隠滅という犯罪でも、自分の犯罪行為の証拠の隠滅は該当していないのである。ミスを犯した医者は、そのことでかなり社会的に制裁を受けるし、病院も評判を落とすだろう。何よりも、患者や遺族が納得しないのだ。民事訴訟の場に引っ張り出されて、医療どころではなくなってしまう。だとすれば、ごまかしおおせるものなら誰でもそれを試みるのは当然の成り行き。
しかし、そうなると、同じような事故が後を絶たないし、患者も泣き寝入りということになる。かといって、無過失の死亡まで保険で補償するということになると、今度は保険料が高騰して、みんな破産してしまう。いったいどういう解決方法があるのだろう。出来るだけ安全なシステムを構築して、事故防止を図ることは必要だろうが、やはりコストはかかる。それは仕方がない。もうひとつは、はっきり言えば、あきらめることである。生命とはもともとそんなリスクに満ち溢れたものである。病気になったのは自分自身であり、誰のせいにすることも出来ない。それがたまたま、医者の不注意で悪くなったとしても、まあ、仕方ないのではないか。医療と言うのはそれくらい不完全な技術であるということを認識すべきではないのか。コンピュータや自動車の修理をするようにはいかないでしょう。あとは、個人的な生命保険や、入院保険などで補填するくらいではないだろうか。民事訴訟などで、医者の過失を余り詮索しなければならなくなると、医療が萎縮してしまって、みんな危険な医療行為を敬遠してしまうような気がする。
明らかな犯罪行為や、重過失の場合は問題にしなければならないのだろうが、それとて誰がどうやって判断するのか。
以前に「医療崩壊」という、医者の立場から書かれた本を読んだが、この本はもう少し患者よりのスタンスで書かれている。下手な推理小説より迫力もあり、面白かった。この問題は、おそらく何時までたっても解決しないのではあるまいか。