「お坊さんが隠すお寺の話」

  村井幸三  新潮新書  平成22331

仏教とは、釈迦に始まる一連の教義である。といってみても何のことか分からない。およそ宗教というものを、絶対的な存在を信じて、それに帰依する教えの体系と理解するなら、仏教は宗教ではないといわざるをえない。キリスト教やイスラム教はそれぞれ、エホバやアラーといった神がすべてを支配するものである。その存在は証明不要であり、ただ信じる姿勢こそが求められるのである。そしてその神の心のままに生きることが信者のあるべき姿とされる。そして、神の意向は聖典である聖書やコーランに明確に記述されている。ところが、仏教はそういう構造をとってはいない。むしろ、絶対的なものを否定する姿勢で貫かれている。徹底した自然観察と結論としての「悟り」を求められる、すなわち「修行」と「悟り」 の教えなのである。よく「神や仏」と同列に呼称されるので誤解されるが、仏とは悟りを得た者をいう言葉であり、絶対者である神とは似ても似つかない存在である。

絶対者を想定し、これに帰依することは心の平安をもたらす。まさに幼児に対する母親の存在である。その懐に飛び込んで一切を信託することが出来れば、人の心は、これほど癒されることはないであろう。そして、自分の信ずる神が唯一絶対的なものであるので、これに反逆するものを「邪」であるとして弾圧することも「正しい」のである。そう思われないのなら、彼は正当な信仰者とは言えないのであろう。かくて十字軍や、殉教テロリストも正当化されるのである。阿弥陀仏を過度に強調した一向宗なども同じ構造といえよう。レーニンは「宗教はアヘンだ」といったそうであるが、マルクス主義なども考えようによっては、宗教といえないこともなかろう。ここでの絶対者は「弁証法的唯物論」という世界観である。これらの宗教はその体系がしっかりと構築されているので、非常に布教がやりやすいのである。

そこへいくと、仏教という教えは修行と悟りで成立しているものできわめて布教になじまない。多くは自分の悟りを求める行として実践されるのである。確かに何人かの布教者はいた。空海だ、法然だ、親鸞だ、日蓮だといった人たちである(道元様について列挙のなかに入れなかったのは、実は彼は布教者ではないのではないかと思われるからである)。そしてこれらの人たちの熱意と努力で日本でも仏教が庶民のものとなったのであろう。だけどそれは本当に釈迦の教えを引き継いだものなんだろうか。釈迦の教えが絶対的なものではあるまい。しかし、それはある意味旧宗教であるバラモン教の反対理念として誕生したものではなかったか。「修行」や「悟り」に確定的な教義は存在しない。だから、どんな内容でも盛り込むことが出来る。釈迦の求めた「サイの角のように独りで進め」という「理性」を放棄し、“宗教的”な方向に転換する事だって十分可能なのではないか。そしてそれがいかに人を惹きつけ誘惑的なものであったことか。釈迦を(あるいは阿弥陀仏、大日如来などが代わることもある)絶対者として祭り上げれば、「仏」の教えから逸脱したことにはならないように見える。なんというペテンか。しかし、そこで構築される“教義”は、一神教的なものになっており、絶対者が「仏」という名称に過ぎない。そしてまた、仏典には観世音菩薩や薬師如来といったいかにも現世利益のありそうなパーソナリティが出てくるのも、こうした傾向を助長してきたのであろう。

なんだか、現状の仏教批判のようになってしまったが、こうした気持ちは多くの先輩達にもあったのではなかろうか。ただそれを声にしてみたところで大きな流れには逆らえなかったのではないか。要するに、釈迦の説いた「悟り」とはそれくらい地味で不断の自然観察を追及するものだったのではないか。

だからこそ、以後の後継者が声高に主張するのに適さなかったし、宗教的な運動がたかまると、あっという間にかき消されてしまったのではないか。インドから仏教が消えてしまったのもそんな理由ではないだろうか。