「ルポ 貧困大国アメリカ Ⅱ」
堤 未果 岩波新書 平成22年5月19日
日本でもそうだが、政変をもたらしたはずのアメリカで、一向に情勢が変化してこない。政変の原動力になったのは、いずれも現状に対する不満だったはずである。有権者は、共和党を見限って民主党に投票すれば、自分の役割は終ったと思ってしまった(実際に有権者に出来るのはそれくらいのことしかない)。しかし、現実派オバマ大統領によって、何も変革されていない。いや、できないようになっている。それは、現実の議会が、各種利権団体(いわゆる業界)からの政治資金によって動かされているからである。
その業界とは何か。この本では、「教育ローン」、「医療保険」、「刑務所?」が取り上げられている。これらは、いわゆる社会的インフラとして国民の福祉向上に寄与しなければならない分野であったのだが・・。
何事も民営が大切だと考えているアメリカでは、教育ローンという企業種がある。その中のトップがサリーメイという株式会社だという。アメリカの有名私立大学は学費が年額700万円ほどだそうである。そんな学費を負担を出来る親はいくらアメリカでも限られているだろうから、勢いローンに頼ることになる。クリントン大統領の時代には、公的ローンもあったというが、派手なテレビ宣伝や、議会に対するロビー活動、大学関係者などへの接待攻勢によって、サリーメイの独壇場になってしまった。学生は卒業と同時に何百万円の債務者として出発、半年後には返済が始まる。一度でも滞納が有ると不良債務者として金利が上がってしまう。アメリカの学生の三分の二が借り入れていて、総額は九兆円だそうである。卒業しても思うような職業につけない学生達はどんどん破産していく。それでも教育ローンは、破産の免責対象にはならず、借り換えも出来ないような仕組みになっているのだという。
医療保険も同じようなもので、オバマが掲げた公的保険も実現できないのである。理由は、業界の力によって潰されてしまっているからだという。そのやり方は、教育ローンと変わらない。ただ、教育よりは、国民全部に関わることなので、TV宣伝の影響効果が大きいようだ。要は政府が仕切る保険制度になると今より医療の質は格段に悪くなり、保険料は高額にされてしまうという反対キャンペーンを流すのだという。そしてアメリカでは、TVしか見ない階層の人たちが多く、そんな人々がオバマの医療保険制度の反対のデモに参加して潰してしまっているのだという。そしてこの民営医療保険会社は勿論、営利企業であるから、金を集めるのには貪欲で、支払いのほうは非常にシブくなる。挙句、医療行為の内容にまで口を出してくる。しかも製薬会社と連携して運営されるという。潰されるのは、生身の医療従事者や、患者達である。医療制度も崩壊してしまい、風邪を引いて予約をとっても数週間待ち、ということは当たり前。そうなると診療を拒否できない救急窓口に患者が殺到することになるのだという。それも支払い能力のない人々が殺到することになると、病院は大赤字で、救急を閉めてしまうことになる。という悪循環だそうだ。アメリカの医療制度は、まず、プライマリケアといって、予備診察みたいな医者に係り、その診断結果を持って、専門医にかかることになっているという。プライマリケアの医者というのは、診断だけだからあまり薬も使わず低く見られ、収入も専門医の半分くらいということ、そのためにこの職を希望する学生が少なく、ますます医療制度を機能しないものにしている。本当は初期の診断が一番重要だと思われるのですがね。
面白いのは、民営刑務所の話。刑務所運営会社はIT企業とならんで最近の格好の投資先だそうだ。なぜか。それは服役者というのは、文句を言わない労働力だからである。派遣社員を使うと自給30ドルのものが、服役者なら2ドルで済ますことができるという。しかもアメリカの刑務所は何と部屋代を取られるそうである。だから、刑期を終えて出所しても借金を抱えて出発することになるという。前科者を雇うようなところはそうあるはずもなく、彼はまた万引きか何かで、再び塀の中に戻るのだという。しかもアメリカにはスリーストライク法というのがあって、有罪判決を三回受けると、三度目の犯罪の重さに関わらず、自動的に終身刑になるのだという。しかも犯罪の大部分は、薬物違反と窃盗だそうだ。しかも今まで犯罪でなかったようなことが犯罪化されていく。そんなことを三回繰り返せば終身刑になるとは。まさにこれは合法的な奴隷製造システムではないのか。女子刑務所がまるまる電話交換会社の事業所を受け入れたり、自動車部品の製造を請け負ったり、矯正教育なんてどこへ飛んでいってしまったのか。自国の労働力より、発展途上国の労働力へ、さらには派遣労働、遂に服役者まで使うようになった。企業家にしてみれば、自分達以外はみんな服役者であることのほうがいいのだろうか。
以上の三つを俯瞰して、どれも人の褌で相撲をとるような業種ばかりである。資本を運営しているだけの会社である。それが、教育や医療や犯罪といった人の弱みに付け込んで、相手がミイラになるまで吸い取ってしまう。契約と法律を忠実に遵守し、結局、弱者達の行き着く先は服役者という合法的奴隷なのだろうが、あの奴隷解放のために南北戦争という大戦争までやった自由の国は何処へいってしまったのだろう。