「昭和史」
半藤一利 平凡社 平成22年12月15日
あの戦争は何であったか。というすべての国民の疑問に答えてくれる。この本の主張が正しいとは限らないが、それでも納得させてくれる本でした。三度読みました。
なんだか今の民主党に似ている。当時の軍部なのです。戦前の軍部は、統帥権の独立と反天皇機関説を楯にして、自分達のやりたい放題をしました。その挙句、主に陸軍トップはてんでんバラバラに自分たちの手柄を競い合います。それも、天皇様の統帥権をないがしろにするような、現地の独断専行です。本来なら、中央の指令がなければできないような軍事行動をやすやすとやってのけました。規則どうりにすれば死刑になるような行為です。上層部も何とはなく追認していきます。曰く、満州事変、シナ事変。背後には同盟国ドイツの快進撃を内心驚きをもって観察していた軍上層部の姿勢が見えます。結局は手柄競争に乗り遅れなくなかったのではないか。
しかし、太平洋戦争に突入してから、主な成果は真珠湾を含めて、ホンの少し。真珠湾も何のことはない、奇襲戦法を取っただけ。何と卑劣なことをしたもんだと、日本人ながら恥ずかしくなるような戦術でした。しかし、うまくいっても手柄を上げるのは作戦参謀とか中央のエリート軍人だけ。将棋の駒のように投入されて死んでいった何百万の兵隊はどう浮かばれるのでしょうか。
2.26事件も、貧困から出てきた兵隊達の背景を何とかしようと画策した青年将校にも同情すべき面もあるようです。当時昭和天皇は腹心の鈴木貫太郎などが害されたので、怒り狂っておりましたが、後には同情するようになったということです。エリートではなかった青年将校は、それなりにまじめな人たちだったのしょうね。
間違いは軍人を政治に参加させたこと、それもシビリアンコントロールが効かないような状態で。そして誰も責任を追及しようとしなかったこと。
もうひとつ反省すべきことは、新聞の態度です。彼らは国民が戦争に熱狂しそうだと判断すると盛んに好戦敵な風潮をあおったのです。いわく、「笑止 米英」。新聞がたくさん売れればいいと思ったのでしょうか、勿論たくさん売れて、ボーナスがたくさんもらえることは、企業人としては大事なことなのでしょうが、国の方向を誤るような焚き付け方はどうなのでしょう。
今でも新聞はそんな態度が見え隠れします。ジャーナリストの矜持を失ってもらいたくないものです。その点、ベルリンオリンピックの時の東亜日報は立派でした。