「激変! 日本古代史」
足立倫行 朝日新書 平成23年12月18日
同じような本を続けて読んだ。古代の日本歴史についてだ。先日の「古事記・・」と重なってどちらがどこまでか区別がつかない感じ。著者の考察視点が似通っているのかもしれない。古代の日本にはいくつかの、中心地があったようだ。例えば、吉野ヶ里、などもそうだが土の下にうずもれているところも数知れないのだろう。例えば、吉備(岡山)とか、上毛野(群馬)なども大和に対抗する一大勢力であったという。出雲などは言うまでもないことだろう。そのほか日本海沿岸にもたくさんの拠点があったのだろう。
歴史という記録は、常に勝者の立場で書き換えられる。これを読んで、改めて古事記の成立を疑い返してみる。稗田阿礼に編纂させたという言葉に妙に引っかかる。先回の本では、伝承を整理させただけだろうと思っていたが、それにしては高天原やアマテラス、天孫降臨などの話がどうして誕生したのか、これほど政治性の強い物語が果たして民間伝承であったのだろうか。むしろ、そういうところこそ稗田阿礼の創作ではなかったのか。持統天皇が、息子をなくして孫に皇位を承継させたかったために自分で即位したことが、女帝たるアマテラスとその孫ニニギの関係に重なるという。しかも、それを万世一系という承継形式を正当化さる意図で書かれたものなのだと。それは、外戚として自分の血の入った皇室を永遠のものとしたい藤原不比等の願望だったというのである。
それまでは、逆に言えば「大君」の地位はしょっちゅう取って代わられるものだったのでは。継体天皇だとか、蘇我氏も、それぞれの王朝だったのだという説も。それを持統天皇になって他の勢力に渡したくないという願望で文化面から編纂されたのが古事記であると。
そのあと日本の皇室はこの持統天皇の孫・文武天皇(藤原不比等の娘婿)とその子・聖武天皇の子孫が一貫して引き継がれていくことになる。そして藤原氏はその皇室の存在に大きな影響をもちつつ明治まで続いていくのである。なんと壮大な計画であったことか。