メルトダウン   ドキュメント福島第一原発事故」

  大鹿靖明  講談社  平成24524

 メルトダウンとは、溶けて落ちること。普通は原子炉内部の核燃料や制御棒などが冷却機能を失ったときに溶けて落下し、圧力容器までも溶かして下へ下へと落ちていくことを指す。この溶融金属塊が、地球の真ん中まで行き、更にアメリカから見て反対側の中国まで達するというブラックユーモアがいわゆるチャイナシンドロームである。

 今度の東日本震災で、現実にそれが起こってしまった。おそらく、当事者である東京電力も、原発推進を進めてきた政府にも「まさか」の事態であったろう。現代科学の粋を集めた原発は何十万年に一度の確率でしか壊れないということが、ずっと言われ続けて来たのです。どういう根拠でそんな確率が出てきたかは、知る由もないが、外から隕石が衝突する確率みたいなものだったのでは。しかし、一旦そのように喧伝されてしまうと、当事者たちにとってもそれが信仰になり、内部にいるものも誰も信じて疑わないような神話となっていったのでしょう。安全神話を疑う奴は、神を冒涜する野蛮人であると、或いは、我が国の勝利を信じない非国民であるという雰囲気さへ有りました。

そんなわけで、日本の中枢出原子力に携わる者たちは、みなさん安全信仰の信者だったのです。この点は、原子力安全委員会も保安院も東京電力も、皆さん太平の夢を貪っていたとも言えましょう。あとは美味しい利益にどうありつくか、そんなことだけが彼らの関心ごとだったのでしょう。原子炉には緊急冷却装置のようなものがありますが、当事者の誰もが、まさかそんなモノに頼らなければならない事態に自分が巡り会うとは夢想だにしていなかったのでしょう。安全、それも千年に一度の災害を想定した対策など誰が真剣に考えたのでしょうか。そんなことを真剣に考えているような人は、権力や出世のコースから外されてしまうのです。日亜化学という会社で、物置の隅に干されながら黙々と青色発光ダイオードを開発した技術者のようになってしまうのです(彼の場合は開発に成功したからいいようなものです。安全なんてものは平時にいくら研究してもなんの利益にもなりませんから、努力する利益もないのです)。

 原子力を取巻く人々が、そんな安眠を貪っていた矢先、福島原発の事故は起こったのです。この本は、そんな事故の関係者の対応を報告しています。誰もが、想定外、どうしていいか分からずおろおろするだけ。あれだけ自信満々に原子力のことは何でも聞いてくれと言わんばっかりだった、安全委員会の斑目春樹委員長でさえ、おろおろなのです。そうです。原子力の安全体制は、事故は何も起らないという状態でうまく機能するようなものだったのです。反対派を説得する、裁判官を丸め込むというだけの機能しかありませんでした。そんな体制が、この事故で溶けて落ちてしまった。メルトダウンという言葉で著者の言わんとするところは、そこではなかったか。

 本の中で、著者が褒めていた人が二人いました。一人は、福島第一の所長。まさに現場の責任者です。本店からの指図にも反して現場の判断で海水注入を継続したということです。海水注入は炉心が再臨界を起こす可能性があるということで、総理大臣が待ったをかけたものを無視したというものです。この人の差配が妥当なものであったかどうかはわかりません。しかし、会長や社長といった上層部が、おろおろと責任逃ればかり唱えていたときに、一生懸命現実に立ち向かった姿だけは、著者に感銘を与えたようです。それにもう一人は、総理大臣である菅直人氏。市民運動上がりの蛮勇でもって東京電力に怒鳴り込んだ、その蛮勇だけが褒められていました。

 ちなみに浜岡に停止要請を出したのは、菅さんではなく経済産業省だったそうです。その目的は、浜岡を生贄にしてほかの原発を継続させるためだったとか。中電は原子力の依存度が低いということも計算に入っていたのかもしれません。あまり、文句を言わない会社のようですし。