「日本人は知らない『地震予知』の正体」
ロバート・ゲラー 双葉社 平成24年9月10日
著者は、カリフォルニア工科大学で金森博雄の指導を受けて、現在は東京大学地震研究所教授。地震学については素人ではない。その彼が日本の地震予知体制を批判している。「予知」「予知」とお題目ばかり並べ立てるが地震予知などできるはずはないではないかと。その一番の根拠は今回の東日本地震の余地が何一つできていなかったということである。たしかにそうだ。
昭和四十年代に東海地震説が発表されて以来、なんとかその前兆現象を捉えようと、多分いろんな努力がなされてきた。何しろ、東海地震の震源域には浜岡原発があり、また新幹線や高速道路もすぐ近くを通っているのである。金と人材を注ぎ込めばなんとかなるだろうと思われていても不思議ではなかった。この頃中国でなんとかいう地震の余地に成功したという話が伝わったことも希望をふくらませたのであろう。
地震予知は、地電流の変化とか地下水のラドン濃度とか、魚や動物の異常行動とか色々な気配があると言われているが、多くは後になってよくよくデータを見たら確かにそんな傾向があったというくらいのものらしい。そのお程度の変化ならしょっちゅう起こっているというほどのものだという。また、雑音と区別がつきにくいほどの変化しか無いようだ。残念ながら本当の意味で予知できる前兆を検出するのは、実際の東海地震を数発経験してからでないと無理なんではないか。そんな場合でも次にくる地震は同じ前兆を持っているとは限らないのである。異常データが見つかった場合、地震学の長老たちが集まって判定会議をするということになるらしいが、一体そんな判定ができるのだろうか。 では、何のために「予知」「予知」と叫ぶのか。それは自分たちの研究に膨大な予算を回してもらうためである。出来もしない研究を「できる」と言っておかなければ、予算も人も来なくなるのである。何しろ需要は大有りなのであるから。
ただ、今回の東日本地震でも、しばらく前の阪神地震でも予兆はつかめなかったようである。一体東海地震にどんな予兆を期待できるのであろうか。確かに東海地震ではほかの地域と比べ物にならないほどの観測網は張り巡らされているだろう。しかし東日本でも阪神でも観測網はゼロではないのである。そのどれにも予兆が掛からなかったとすれば、東海地震だけどんな予兆があってどのように判定するのであろうか。その結果によっては原発も新幹線も何日も前から止める程の確信を持って判定できるのであろうか。
以前、関東地震の日、豊橋の港のそばで朝からうなぎの大群が川を上っているのを見てお昼までかかってうなぎ取りを続け、学校を休んでしまった爺さんから話を聞いたことがある。うなぎの遡上がやんだら、地震が来たという話だった。これはその爺さん自身の体験だから、多分本当なんだろう。あるいはこんな現象が全長となることもあろう。しかし、関東地震の相模トラフというのはほとんど伊豆半島まで乗り上げるような構造をしているから、海底の異変はうなぎどもを脅かすのに十分近かったことだろう。同じことが東海地震で再現されるという保証もなんにもない。
ただ、残念なことに予知はできなくとも地震は必ず来ることだけは間違いない。