「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の500日」
門田隆将 PHP 平成25年1月15日
福島原発の奮戦記。別に誰が主人公ということはない。 この事故については、東電本店の無策ぶりだけが強調されて報道されたキライがあった。確かに安全神話が徹底していて、30分以上の全電源喪失などは検討する必要もなかったそうである。そんな検討をしたことすら一般の人には知られていなかったろう。社内的にもそれでも危険だとは到底言える雰囲気ではなかったのだろう。
この話は現場が主である。地震とともに天井は落ち、原子炉は止まってジーゼル発電機が動き出したものの、数十分で津波によってそれも停止。Lここからが本筋だ。この本で救われたのは、現場を預かる人たちの責任感。特に工業高校卒のたたき上げの当直長たち。原子炉冷却の手段がなくなり、いよいよ格納容器のベントをしなければならないとき、それも動力が失われているので、真っ暗な中現場へ出向いて人力でバルブを開かなくてはならないのである。一般にこういうバルブはアクセス困難なところに有り、しかも人手で操作することを予定されていないものだから、恐ろしく作業性は悪いことが多い。しかもとんでもなく暑く、放射線も高くなっているところを宇宙服のような防護服をつけて行くのである。それでもここでベントをしなければ格納容器が爆発し、それこそ東日本中に放射能がばらまかれ、チェルノブイリの十倍以上の被害が生じ、東京にさえ人は住めなくなる。こういう認識のもとに当直長たちがバルブを開けに行くのである。放射線が強いから若い人たちには行かせられないのである。この現場の人たちの責任感と、本店の重役連中の落差はなんだろうか。福島県民を途端の苦しみの中に突き落としておきながら、会長社長は半額でも3600万円の報酬と権力を手放そうとはしなかったのである。
結果的にはベントは成功して、最悪の事態は免れた。しかしそれでも福島は回復に何十年もかかるのだろう。原発はいったい何だったのか。一番いいとこだけを見れば、安定的で安価な電力が供給できる。安全だ安全だと言っておれば、世間も安全なものだと受け入れてくれる。清潔で無音無臭な電力工場だった。今後はそれほど単純には行かなくなるだろう。現に、大炊とか東通の原発地点では敷地内にある地面の食い違いが活断層かどうかでもめている。活断層だったら即廃炉だそうだがそれも短絡的ではないかと思ってしまう。
麺園3600