フェイスブック   子供じみた王国」

  キャサリン・ロッシュ  河出書房新社  平成25610

久しぶりに書きます。著者はフェイスブックという会社の創成期から全盛に近い?時期を、CEOであるマーク・ザッカーバーグという人の近くで勤務してきた人の、いわばフェイスブックの裏話。最近になって私のところにも、フェイスブックのお誘いが頻頻と入ってくる。二三の説明書を買い込んだが、今のところ不自由していないのでフェイスブックに飛びつく理由が見当たらないのでそのままにしてある。今一つはその仕組みがよくわからないためである。

フェイスブックはもともとザッカーバーグが学生時代に全女子学生のデータベースを作りたくて始めたものだそうだ。それがいろんな大学に広まり、最終的には全世界を範囲にしてしまったようである。最初のアイデアに対して何千億円という値がついたというほどのものらしいが、価値はその機能にあるようである。・・というような話は別にして、この本は、その会社の方針を技術的に推進する超優秀なプログラマーたちと、それを冷めた目で見ている文系女子のお話である。マイクロソフトにしろ、ヤフー、グーグルなどアメリカンドリームの典型のような会社もかつてはそんな時代があったように感じられる。会社のサイトにハッキングしてきたハッカーを探し出して雇ってしまうというような会社なのである。ほとんど中核は理系男子の集団、それもハーバードやスタンフォードの出身者、それに独学のハッカーたち。そういう超エリートたちの集団は、自分たちの好き勝手に走り続け、他のSNSの追随を許さないモノを作り上げてしまう。そういう状況を見ながら著者は「いいのかな? いいのかな?」と思いながらついていく。そこにはプライバシーの侵害や、もろもろの不都合な人権侵害もある。最後に著者はザッカー氏のゴーストライターまで努めさせられ、氏の「夢」を語らせられる段階まで行きついに折れてしまう。

著者はカルト集団だといった。教祖に対する信頼と熱情がそうであったのだろう。大きな会社になりきってしまうとそういう熱情も冷めてしまうのだろう。発展途上とはそういうものなんではないか。今の中国は大国になって幹部はその地位の保全に汲々としているが、建国の頃はもっと若さも情熱もあったであろう。

ちなみにこのフェイスブックはアラブの春をもたらした原動力になったそうである。そういう一国の運命を左右するような問題に直面した時には、このシステムは大いに力を発揮するのではないか。例えば憲法改正だとか原発だとかの問題で国民の意見を戦わせようという時など。そういう時でもなければ無用の長物な気がする。誰かと誰かが・・したとか、離婚するとかのような話に使うのはもったいないような気がする。もっともザッカー氏の目論見はそのへんなのかも知れない。

 

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