「遺伝子工学 巨大産業を生んだ天才たちの戦い」
生田哲 PHPサイエンス新書 平成25年6月26日
インシュリンというホルモンは、体の細胞に糖質を取り込むことを促進させる物質だという。これが自分の体で作れなくなると、糖尿病になる。糖尿病の患者にはインシュリンの投与がなされるが、それはかつては、屠殺された牛や豚の膵臓から取り出されていた。しかしこれらは人間のインシュリンと少しアミノ酸が異なり、アレルギー副作用が見られたという。また、糖尿病の患者の増加や、肉食の減少化などの要因でその不足が見込まれていたという。
1970年代の終わり頃、当時始まったばかりの遺伝子技術を利用して、人工的(といっても遺伝子組み換えによって大腸菌に作らせるのである)に作ろうという機運が盛り上がった。その競争に参加したのは、主だったところではハーバード大学、カリフォルニア大学サンフランシスコ校、それに振興会社のジェネンティック社の三者であった。中でも名門ハーバードはノーベル賞級の物理学者から生物学に移った天才の誉れ高いギルバード博士がいた。
細胞中でのタンパク質を合成は、まず遺伝子であるDNAからmRNAという核酸が写し取られる。この作業は細胞核の中で行われ、そのあとmRNAはリボゾームというところに写って、自分のコードに従ってアミノ酸をつないでいく。mRNAのmはメッセンジャーという意味で、DNAの情報をタンパク質に伝えるという意味らしい。このたんぱく合成作業を大腸菌の中で行おうというものである。ところで、DNAやRNAの文字はA,T,C,Gの四文字しかなく、そのうちの三文字をまとめて、ひとつのアミノ酸に対応していることまでは分かっていたという。インシュリンというのは21個と30個のアミノ酸からできた二個の分子がつながって出来ているという。ところが、その時点でDNAはすべて解読されているわけではなく、従ってDNAのどの部分がインシュリンの情報なのかはわからない。そこで、大学チームは人の膵臓の細胞からインシュリン製造中のmRNAを抽出し、これをもとにその元となるDNAを合成しようとしたのである。もうひとつの方法は51個しかないインシュリンの構成アミノ酸をその順に対応したDNAの文字列を組み上げてしまおうというものである。ところが、前者の方法は、人の遺伝子を直接操作するため、とても危険なものとして扱われ、規制の厳しいアメリカ国内では実験することができず、イギリスの軍の実験施設を使わせてもらうことになった。それが実に大変な作業で、何しろ軍関係の施設であるため、いろんな病原菌なども扱っていたらしく、実験者はレインコートにガスマスクをつけての実験を強いられたという。もう一方のジェネんティック者の方は、インシュリンのアミノ酸配列から、DNAをコードしていくものなので、倉庫の片隅で、ジーンズとスポーツシャツで気軽に(でもないだろうが)できたという。
結局この競争はジェネンティックの勝利に終わる。同社はこの無垢的のために設立された、全くのベンチャー企業である。アイデアだけしかなかったが、大学から高給で分子生物学者を引き抜き、各種の機関と連携して勝利を収めた。中でもカナダの研究所にいた板倉啓壱という学者の存在は大きかった。一旦成功した試験管レベルの実験が、商業的な生産になるには、まだ多くの改善があった。しかしそこは研究者たちの興味の範囲では無かったようである。
面白いことにジェネンテック社というのは、新進実業家と一人の研究者の共同設立で、ひとり500ドルの出資だったそうである。研究者ボイヤーはその500ドルすら相手の出資者に借りたものだったという。そして、インシュリンの製造が完成し、製薬会社から莫大な金額が入るまえに、ボイヤー氏は分不相応なポルシェを買ったという。また、この一連の研究でギルバートはのノーベル賞をもらったが、ボイヤーはもらえなかったそうだ。ノーベル賞委員会は金持ちになりすぎたボイヤーに嫉妬していたかもしれないという。